日常に取り入れたい幸せの魔法

日常に取り入れたい幸せの魔法

「暮らしのヒント」を探す旅に出よう!~イギリス編(前編)

株式会社LIXILが運営しているリクシルオーナーズクラブ「住み人オンラインー住まいと暮らしのレシピ集」より抜粋してお届けします。

子どものころ「絵本に出てくる家に住みたい」と、夢を膨らませていた人も多いのではないでしょうか。今回は、数々の童話やファンタジーを生んだイギリスへ、「暮らしのヒント」を探す旅に出ます。旅の前編では、名作の舞台となったロンドンと湖水地方の魅力に迫ります。

現実から続くイギリスの物語

 イギリスのファンタジー。そう聞いて多くの方の胸をよぎるのは、あのハリー・ポッターでしょう。1997年に出版された『ハリー・ポッターと賢者の石』をはじめ、全7巻のシリーズは映画とともに世界中を巻き込む大ヒットとなりました。

ロンドンのキングズ・クロス駅。構内には映画でハリーたちが9・3/4線に入る場面を模したコーナー設けられ、人気の的です。
ロンドンのキングズ・クロス駅。構内には映画でハリーたちが9・3/4線に入る場面を模したコーナー設けられ、人気の的です。

 ファンタジーという特殊なジャンルの物語がなぜ、多くの人の心を惹きつけたのか。その理由のひとつが、ホグワーツ魔法魔術学校に向かう列車がロンドンのキングズ・クロス駅から出発するなど、実在の場所が数多く登場すること。
 魔法界と現実の世界を結ぶ橋渡し役となるうえ、日常に魔法界へと続く入口が潜んでいるかもしれない、というときめきをもたらす効果も生まれています。

 ほかにも『くまのパディントン』の幕開けの場となるパディントン駅、『風にのってきたメアリー・ポピンズ』やドリトル先生シリーズに登場するセント・ポール大聖堂、ピーター・パンが住んでいたケンジントン・ガーデン(原作のひとつ『小さな白い鳥』のエピソード)など、名作ファンタジーの舞台をあげればきりがありません。

 本を手にしてロンドンの観光地をまわるだけでも、想像の翼は大きく広がります。

くまのパディントンの名前の由来であるパディントン駅では、銅像がホームを行く人々を見守っています。
くまのパディントンの名前の由来であるパディントン駅では、銅像がホームを行く人々を見守っています。

絵本のままの景色が残る湖水地方

 いたずらっ子のうさぎの物語、『ピーターラビットのおはなし』も、また同じです。舞台となる湖水地方は、文字通り大小の湖が点在するイングランド北部の地域で、美しい景観や伝統的な羊飼いの暮らしなどが相まって、2017年には世界遺産に登録されました。

 ピーターラビットを生んだ作者ビアトリクス・ポターが暮らしていたのは、ソーリーという小さな村にあるヒル・トップ農場。『あひるのジマイマのおはなし』ほか、数多くの作品が紡がれた家は当時のままに保存され、数多くの観光客が訪れています。

 小さな木戸を抜けてポターが慈しんだ庭に入れば、そこは絵本そのままの世界。家の中もまた、コンロやパイを焼くオーブンとしても使われていたストーブやお気に入りの皿が並んだ食器棚など、挿絵と同じ景色が続き、本の中に入り込んだかのような嬉しい錯覚にとらわれます。

 2階の窓から見える緑の丘が連なったのどかな農場も、ポターがいた100年前と変わっていません。これには、ピーターラビットがひと役買っています。

ポターの代表作の一つ『こねこのトムのおはなし』の挿絵に描かれた、ヒル・トップの建物と庭。
ポターの代表作の一つ『こねこのトムのおはなし』の挿絵に描かれた、ヒル・トップの建物と庭。

ピーターラビットが守った美しい景色

ポターが住んでいた頃の様子を再現した、ヒル・トップの居間。食器棚の見せ方やストーブのまわりの飾りなど、ポターのセンスの良さが感じられます。
ポターが住んでいた頃の様子を再現した、ヒル・トップの居間。食器棚の見せ方やストーブのまわりの飾りなど、ポターのセンスの良さが感じられます。

 1866年にロンドンの中流階級の家庭に生まれたポターが当初目指していたのは、キノコなど菌類を研究する学者。後に高く評価を得た論文を学会に提出したものの、女性だからという理由だけで門戸が閉ざされました。
 19世紀末、女性は家庭にいて社会とは関わりを持たないのが当たり前だった時代。学会の男性たちにとって、自分の意見を主張するポターを許しがたい存在だったのでしょう。

 その後、家庭教師だった女性の子どもが病で伏せったときに送った絵手紙がもとになり、ピーターラビットの物語が生まれます。
 産業革命からはじまった開発の波が、湖水地方の美しい自然を飲み込むことを危惧したポターは、世界的な人気を博した全23巻に及ぶ絵本の印税で次々と農場を購入し、亡くなった際には約500万坪の土地を自然保護団体に寄贈しました。

『りすのナトキンのおはなし』の舞台であるダーウェント湖をはじめ、湖水地方はイギリス人にとって心癒される場所。
『りすのナトキンのおはなし』の舞台であるダーウェント湖をはじめ、湖水地方はイギリス人にとって心癒される場所。

 その思いは、今も大切に受け継がれています。もし学会がポターを受け入れていたらピーターラビットが生まれることはなく、湖水地方の景色だって変わっていたかもしれません。
そう思うと、不思議な感慨にかられます。

 湖水地方への旅は、花々に彩られる初夏や紅葉が楽しめる秋が人気ですが、実は寒さ増す冬もまたおすすめ。ポターの作品にも登場するこぢんまりとしたB&Bをはじめ人気の宿も予約しやすいうえ、ストーブや煖炉が石造りの家全体にふんわりとした温もりをもたらすことも実感できるはず。

 何にも増して、霜に覆われた牧場の芝生や木々が朝日にきらめく様子は、言葉を失うほどの美しさです。

物語に潜む数々の暮らしの知恵

 ピーターの物語は絵本であるにも関わらずシニカルなユーモアが含まれていて、実は、おとなでも楽しめる展開。あらためて読み返せば、当時の生活の知恵にも気づきます。

 たとえばマグレガーさんの畑でお腹がいっぱいになったピーターがパセリをつまんだり、やんちゃすぎた冒険の後の心身を癒やすために、お母さんがカミツレ(カモミール)のお茶を用意したり。

 カモミールのようなハーブは、ピーターのお母さんだけではなく、かつて実際に存在し、医者のような役割をはたしていた魔女や魔法使いが活用した、いわば魔法のひとつ。
 彼女たちの生活、そして不思議に見える力は、四季折々の移ろいや大地、空、といった自然の世界と深く結びついており、そのカレンダーは日本の節句や節季と重なる部分があります。

ピーターラビットのぬいぐるみ

 これからの季節なら、新年のお節料理や七草がゆ、節分の豆などに込められた昔から受け継がれてきた健康を願う術も、魔法とつながりがあるかも、などと想像をめぐらしてみてはいかがでしょう。旅先で極楽気分にひたれる温泉もまた、大地のエネルギーを秘めた魔法薬……。

 休みを取ってゆっくりと過ごすのは難しいという方は、ハリーのいる魔法界に倣い、お気に入りのカップで紅茶を!
 哀しみや怒り、挫折でハリーの心が荒れているとき、ホグワーツの先生たちは必ずといっていいほど紅茶を差し出しています。温もりあるリセットの魔法、ぜひお試しください。

後編に続く

イギリスの古い屋敷で体感する、心地よい空間づくりイギリスの古い屋敷で体感する、心地よい空間づくり

文◎山内史子
紀行作家。1966年生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業。英国ペンギン・ブックス社勤務の後、独立。国内外の史跡や物語の舞台を巡りつつ、これまでに40カ国を訪れている。著書に『英国ファンタジーをめぐるロンドン散歩』『英国貴族の館に泊まる』(ともに小学館)、『赤毛のアンの島へ』(白泉社)など。

撮影◎松隈直樹