「暮らしのヒント」を探す旅に出よう!~イギリス編(後編)
株式会社LIXILが運営しているリクシルオーナーズクラブ「住み人オンラインー住まいと暮らしのレシピ集」より抜粋してお届けします。
前回は、世界的な名作ファンタジー&童話の舞台となったロンドンと湖水地方をたずねました。今回は英国貴族の館におじゃまして、わが家のインテリアのヒントを探していきます。
もくじ
数多くの作品を彩る貴族の館
イギリスのドラマ「ダウントン・アビー 華麗なる英国貴族の館」が、長らく熱い人気を集めています。タイトル通り、20世紀初頭の貴族の館を舞台に家族や使用人の間で繰り広げられる人間模様は、静かに心を奪い、一度観ればはまること間違いなし。2020年1月に公開予定の映画により、さらなる盛り上がりを見せるのではないでしょうか。
この作品に限らず、上流階級の人々が暮らす大きなお屋敷は、イギリスの文学作品や映画、ドラマを語る上で欠かせない存在です。
たとえばハリー・ポッターの世界なら、魔法界随一の名家マルフォイの屋敷が思い出されます。
ほかにもノーベル賞に輝いたカズオ・イシグロによる『日の名残り』や、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』、フランシス・ホジソン・バーネットの『秘密の花園』『小公子』などなど。
古いお屋敷はジャンルを超えて、数え切れないほどの名作を生んできました。
貴族の館に泊まる優雅なひととき
そんな歴史ある建物での滞在を楽しめるのが、マナーハウス(カントリーハウス)と呼ばれる、かつての王侯貴族や領主などの屋敷を活用したホテルです。
中には、跡継ぎを得るために8人もの妻をめとったヘンリー8世や、大英帝国繁栄の礎をつくったエリザベス1世などにゆかりある建物も。
同じ頃の日本でいえば、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康などが住んでいた屋敷や城に泊まる感覚、とイメージしていただくと、価値がわかりやすいかもしれません。
宮殿のようにきらめくゴージャスなつくりから、素朴なやさしさをたたえた空間まで、そのスタイルは多種多様。重厚感のあるしつらえだったり、バラの花が徹底してあしらってあったりと、客室の調度品やファブリックもそれぞれに異なり、憧れの天蓋付きベッドと出会える可能性も高いため、扉を開く瞬間はいつも心躍ります。
天蓋付きベッドはその昔、廊下というものが存在しなかった時代、秘め事を隠すために生まれたのだとか。ロマンティック……ではあるものの、身長158センチのわが身とはサイズが少々合わず、ベッドへと移動するたびに「ヨイショ」と口をついて出てしまうのが難点です。
客室の隅に置かれたアンティークの大きなワードローブも、マナーハウスの必須アイテム。『ナルニア国物語』に登場する「たんす」を思えば、あり得ないとわかっていても、不思議の国へとつながっていそうな気がしてドキドキしてしまいます。
長い歴史が生む楽しみの数々
そんな客室で過ごすだけでも充分に幸せですが、広い館内には寛げる空間があちらこちらにあり、中でもアフタヌーン・ティーやディナーの食前酒をいただくラウンジは、お世話になる頻度が高い場所。
一角には必ず、古書がびっしりと並んだつくりつけの本棚があり、品格のある眺めなのですが、かつては屋敷の主人が自らの学識の高さをひけらかすインテリアでもあったそうです。
そのすべてを読破していたケースはごく限られており、中には表紙だけをそれらしく見せて並べた人もいたとか。見栄を張りたいその気持ち、なんとなくわかるような気もします。
歳月を経ているがゆえ、イギリス人が大好きな幽霊話にも事欠きません。
上皇ご夫妻がイギリス訪問の際に宿泊され、その昔はフランス革命により亡命したルイ18世が宮廷を設けていたマナーハウスでは、広いラウンジの窓辺に置かれた椅子に腰掛けようとしたところ、「そこは王妃の侍女がお気に入りの場所」と言われてびっくり。
革命から逃れて故郷を離れた彼女は、ここからの景色に癒やされていたのかなと思いながら、怖さではなく切ない気持ちがこみあげました。
実際に幽霊と遭遇したことはありませんが、マナーハウスを巡っていると時折、「このお屋敷はやさしいな」と感じることがあります。
一笑に付されそうで口をつぐんでいたものの、「この屋敷、和みません? 長い歴史のせいなのか、建物が魂をもっているような気がするんですよ」と、とあるオーナーに言われ、お仲間がいると嬉しくなり。「和やかな家族が暮らしていれば、家がその記憶を引き継ぐのかも」と、不思議な思いにかられました。
屋敷内だけではなく、専任のガーデーナーが日々、手入れを施す庭もまた、見逃せません。バラのアーチやきれいに刈り込まれたトピアリーが並ぶ整形庭園(フォーマル・ガーデン)、草花が自然に伸びゆく様を表現した自然庭園(ナチュラル・ガーデン)ともに、美しさで魅せてくれます。
1103年に建てられた古い城では、庭の散策中に厚い外壁が壊れているのを発見。同行の案内役によれば「クロムウェルの兵士が壊したんだ」とか。
クロムウェルとは、17世紀半ばに清教徒革命を引き起こしたオリバー・クロムウェル。
400年近くも放ったらかしの? という言葉を飲み込みましたが、100年近い歳月を経た建物を「さほど古くない」と評するイギリス人の時間の物差しは、日本人とは少々異なっているのかもしれません。
ウィリアム・モリスに学ぶ豊かな暮らし方
優雅なひとときを過ごした旅の後、王侯貴族のスタイルをそのまま日本の日常に取り入れるのは難しいものがありますが、受け継がれてきた物や家を大切に使いながら慈しむイギリス人の流儀は、見習いたいなといつも思わされます。
17世紀建築のお屋敷「ケルムスコット・マナー」を生涯の別荘とし、時代を超えて愛され続ける美しいデザインを生んだウィリアム・モリスも言葉も、胸に刻まれています。
「役に立つかどうかわからないものと美しいと思えない物は、家の中に置かないこと」
役に立つものは自分にとって大事なもの、美しいと思えるものは心地の良いもの、と置き換えれば、あれこれと迷ったままに終わる片付けの作業もスムーズに進むのではないでしょうか。
文◎山内史子
紀行作家。1966年生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業。英国ペンギン・ブックス社勤務の後、独立。国内外の史跡や物語の舞台を巡りつつ、これまでに40カ国を訪れている。著書に『英国ファンタジーをめぐるロンドン散歩』『英国貴族の館に泊まる』(ともに小学館)、『赤毛のアンの島へ』(白泉社)など。
撮影◎松隈直樹